ある取材で、道南の日本海側を廻りました。

城下町松前には、海岸から城に向かって左側に唐津、博多、大磯と和名を思わせる地名が並び、唐津と博多の間に、唐津内川という川が流れています。カラツという和名らしき地名とナイというアイヌ語を思わせる言葉が合わさって、この川名には奇妙な印象を受けました。

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唐津内川沿いに、松前時代の永倉新八の住居跡を過ぎ、住宅街を抜けると、山路に沿って小さな菜園が点在しています。

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自然と人の居住地区の間にある、ゆったりとした境界域での、農業とは別の農耕、そんな印象です。

中沢新一さんによれば、「サ」または「サッ」という古代音は、異質な力の接触しあう境界領域と関係しているという。出典は忘れてしまったが、中沢さんは「幸」とは境界領域で与えられるものだといったことをどこかで書いていた記憶があります。

菜園の中には、花が多く植えられ、庭も兼ねている畑もあります。そういえば庭も境界域ですね。そんな菜園で作業中の婦人が二人(友人同士だそうです)。声をかけると招き入れてくれ、ネギと茄子、ブロッコリーをいただきました。まさに「幸」の体現です。帰りの車中で匂うネギは、決して不快ではなく、野菜の命そのものでした。

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松前藩は城下の裏山に蝦夷の世界を感じていたと想像するのは、空想が過ぎるだろうか。 異質な力が境界を形成するのだとすれば、複数の国家が形成する境界が国境線なのだろう。

それとは別に単独の「国」が設定する境界線が、福島第一原発の周辺にもうけた種々の境界線なのだろう。だが、これも制御不能な放射線と「国」のせめぎ合いが作った線だとも言える。昨夜この境界域から帰ってきました。何が撮れたかまだわかりませんが。