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てしお塾について

筑波大名誉教授の大濱徹也先生、北海道教育大で教鞭を取っていた村田文江先生と、天塩町の方々、北方資料研究会の黒井茂さんなどの尽力で行われてる「てしお塾」に初めて参加させてもらった。参加と言ってもただ講義や討議の様子を聞いているだけなのだが、この活動は、天塩の歴史・住民の記憶を、大濱先生の言葉で「地貌」として多層的に捉える試みだと思えた。そして何よりもこの活動は、過去の歴史を探りながら、未来に向かっている。

 

まず、会場に展示された戦争の記憶にまつわる資料

 

 

 

 

 

 

 

大濱徹也先生です。

 

村田文江先生と黒井茂さん

 

雄信内というこの地区に残された写真が展示され、放送大学のために制作された30年ほど前の映像も上映されたが、実に興味深い内容です。

開拓民の生活に根ざした祈りやそれが一つの基盤となった共同体といった、まさに

今日の世界で、緊急に思考されなければならない問題系が、幾つもそこにあるようの思われます。

 

住民の方々の熱を帯びた積極的な参加がとても印象的でした。

 

 

 

 

私自身の理解不足で、今回は簡単にしか触れられませんが、この活動は来年も継続されます。いずれもっと掘り下げた報告をできるようにしたいとおもます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「木彫家藤戸竹喜の世界」展

「現れよ、森羅の生命」と題された木彫家藤戸竹喜の展覧会が芸術の森美術館で行なわれている。

 

開会に先立って行なわれた、北海道大学・アイヌ先住民研究センターの北原次朗太准教授によるカムイノミの様子

 

 

 

以下、開会式の様子と会場風景

 

 

 

 

夫人の藤戸茂子さんと企画委員で北海道近代美術館学芸員五十嵐聡美さんによる解説

 

 

奇しくも今年、神奈川県立近代美術館で砂澤ビッキの展覧会が行われたが、木彫家藤戸竹喜の仕事がほぼ俯瞰できる今回の展覧会が同じ年に行なわれたことは、とても重要な意味を持つと思われる。

またまた奇しくもだが、美術家岡部昌生さんの展示が、音威子府筬島にある砂澤ビッキ記念館アトリエ3モアで、行なわれていて、藤戸展開会式の翌日、岡部さん、キュレーターの四方幸子さん、フォトン編集長の小室治夫さんと筬島に向かう。

現地で、明治大の菅啓次郎ゼミと林立騎さん一行、美術家の藤木正則さんと合流。

 

アトリエ3モア

 

 

 

 

 

 

3モアでの岡部さんの展示

 

 

 

前記念館長宗原均さんの情熱的な解説

 

翌早朝の天塩川

北海道命名ゆかりの地という碑があるのだが、隣に現北海道知事書の碑が立っている。来年が北海道命名150年なのだが、土地の命名とは何なのか。

 

 

音威子府時代のビッキをサポートした川上實さんにビッキのアトリエで話を伺う。

 

 

旭川の「川上カ子トアイヌ資料館」での岡部さんの展示とビッキの作品

 

 

 

藤戸竹喜と砂沢ビッキはともに旭川に生まれ、阿寒での青年時代もともにしている。このこともふたりの作品を考えるうえで重要なことと思われる。葉山の展示から始まり、藤戸竹喜と砂澤ビッキというふたりの巨人の作品を連続して視るという経験は、偶然が重なった濃厚な体験だった。

筬島での岡部さんの展示は今月で終了しますが、藤戸展は12月17日まで行なわれます。北海道は遠いですが、機会があれば是非ご覧くださいますよう。

なお、拙サイトbooksコーナーで藤戸展図録を紹介しています。気が向いたらご覧ください。

 

「キオクのかたち/キロクのかたち」展での笹岡啓子さんの写真

終了間際ですが、横浜市民ギャラリーで「キオクのかたち/キロクのかたち」展が行われている。

 

笹岡啓子さんの写真は、画面内にブレを持ち込んだカラー写真、黒を基調としたモノクロ写真、広島平和記念資料館内部での高感度で撮られたカラー写真、陰画をそのまま出力したもの等で構成されていた。

笹岡さんの写真は、2009年に刊行された写真集『PARK CITY』の端正なモノクロ写真の印象が強い。

 

 

しかし、笹岡さんは、2009年の『PARK CITY』刊行以前から、陰画のプリントもカラー写真も制作していたのだ。

 

 

写真は、撮影者が意識してもしなくても、どんな被写体を撮ったとしても、なにがしかの「美」を孕んでしまうものだと思う。

笹岡さんの陰画のプリントには、広島を撮りながらもどうしても美を帯びてしまう、写真に対する苛立ちを感じてしまう。

写真というメディア、装置に対する苛立ちへの感性は、写真家という存在の必須の要件ではないかとさえ思う。